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  •  梶川家(かじかわけ) 

     流派: 梶川派

     家系:
    梶川家は、五代将軍綱吉の時代に初代の梶川常巌が天和3年(1683)に大坂からに召し出され、 印籠その他蒔絵御用を勤め、それ以来代々将軍家の御納戸頭支配御蒔絵師でした。

     格式:
    代々の仕来として
     ・正月二日に御扇子献上、御目見。
     ・五節句・八朔・歳暮共御目見。
     ・御代々様御法事済拝礼
     ・旅行並非常節に帯刀
    を許されています。印籠の有名ブランドとして、 どこの大名家でも必ず数点は持っていたようです。梶川家はかなり大規模な工房であったと考えられ、 一門・工人で作り「梶川作」として、世の中に製品を出していたと考えられます。 印籠や道具類に「梶川作」に朱漆で「栄」の壺形印を添えたものが多く見られる 他、多くの工人の名が伝えられ、さまざまなの個銘が入った作品も現存しています。

     御箔屋:
    宝暦10年(1760)から幕府の御細工所御用達の「御箔屋」も兼業しました。 右に挙げた天保12年(1841)の武鑑の御用達商人では、 「▲御箔屋 御蒔絵師/本石丁三丁メ 梶川清左衛門」とあります。

     各代略歴:
     ・梶川 常巖 初代
    大坂の人でしたが、天和2年(1683)、幕命により江戸へ召出され、 5代将軍綱吉御召の御印籠その他、蒔絵御用を勤めました。 翌年、年始・五節句・八朔・歳暮とも御目見。貞享3年(1686)に剃髪し、 正徳元年(1711)に没しました。

     ・梶川 彦兵衛 2代
    初代常巖の子で宝永2年(1705)、常巖が病気のため相続し、 御目見して御用を勤めました。元文4年(1739)没。

     ・梶川 彦兵衛 3代
    2代彦兵衛の子。元文3年(1738)、父が病気のために相続し、 御目見して御用を勤めました。寛延3年没。

     ・梶川 長次郎 4代
    3代彦兵衛の養子で延享元年(1744)に相続して御目見。宝暦3年(1753)に没しました。

     ・梶川 長次郎 5代
    4代長次郎の子で、宝暦3年(1753)に相続。宝暦10年(1760)没。

     ・梶川 長次郎 6代
    5代長次郎の子で宝暦10年(1760)に相続して御目見。天明3年(1783)没。

     ・梶川 清左衛門 7代
    6代長次郎の養子で天明元年(1783)に相続して御目見。 種姫君様御入輿御用・御台様御婚礼御用を勤めました。寛政10年(1798)没。

     ・梶川 清左衛門 8代
    7代清左衛門の子で、寛政8年(1796)に相続して御目見。享和2年(1802)没。

     ・梶川 市五郎 9代
    8代清左衛門の養子で寛政12年(1800)に相続、御目見。文化12年(1815)没。

     ・梶川 清左衛門 10代
    9代市五郎の養子で文化十年(1813)相続しました。 峯姫君様・浅姫君様・元姫君様・文姫君様・溶姫君・和姫君様・末姫君様・喜代姫君様・永姫君様・泰姫君様御引移御用・姫君様御入輿御用・精姫君様御引移御用・壽明君御下向道具御用などを勤めました。 嘉永3年(1850)没。

     ・梶川 徳三郎 11代
    文政11年(1828)生まれ。10代梶川清左衛門の養子となり、嘉永3年(1850)に相続しました。 線姫君様御引移御用・西丸表奥新規御道具仕立御用・美賀君御下向道具御用・本壽院様御道具御用・ 本丸表奥新規御道具仕立御用・実成院様御引取道具御用・晴光院様五ヶ年目御道具御用・ 御待請御道具御用・御縁組御道具・本壽院様二の丸へ御引移御用・和宮様御待請御道具御用・ 和宮様御婚礼御道具御用・本丸奥表新規御道具仕立御用などを勤めました。

     ・梶川 鉦太郎 12代
    嘉永3年(1850)生まれ。元治元年(1864)、梶川徳三郎の養子となって御細工所御用見習となり、 本丸奥表新規御道具仕立御用を勤め、慶応3年(1867)に相続しました。この代で明治維新となり廃業しました。

     住居:
    元禄9年(1696)、芝口2丁目に160坪の屋敷を賜わり、明治維新まで続きました。 武鑑には呉服町2丁目、その後、北同心町と書かれており、 これらは工房であったと考えられます。 また幕府御細工所用達の御箔屋の店舗は本石町3丁目にありました。 梶川家拝領屋敷、御箔屋

     仕手頭:
    幕末の梶川家では、御細工所や御小屋での職方仕手頭を梶山明細に委嘱していました。

     門人・工人:
    門人・工人としては、鹿島一峯斎・白井可交斎勝軍木庵光英 などの存在が確認できます。 また梶川を冠する作銘としては、彰信・一房斎・胡柳斎・福王斎・寛王斎・寉子斎・和言・鰭鯛・恵信・松翠・常正・ 桃枝斎・桃秀・儔英・久高・房高・良延などの個銘の作品が複数見られます。 これらが当主の別称・別号であったか、一門の工人であったか定かではありません。ただ梶川文龍斎は、「官工/梶川文龍斎」と銘書するので、当主と思われます。

     作品を所蔵する国内の美術館・博物館:

    ・東京国立博物館(桜蒔絵箪笥・桃鳩蒔絵印籠・五十三次蒔絵印籠・籬菊蒔絵印籠・茶道具蒔絵印籠)
    ・東京藝術大学美術館(菊蒔絵印籠
    ・永青文庫(芦鶴蒔絵印籠)
    ・三井記念美術館(二見浦蒔絵印籠)
    ・静嘉堂文庫美術館(桐鳳凰蒔絵箪笥・檜扇蒔絵印籠・蛇蒔絵印籠・秋草蒔絵印籠・芦鶴蒔絵印籠・
    女郎花鵲蒔絵印籠・高砂蒔絵印籠)
    ・佐野美術館(五十三次蒔絵印籠)
    ・徳川美術館(御簾牡丹蒔絵印籠・諫鼓鶏蒔絵印籠・百馬蒔絵印籠・鷹飼道具蒔絵印籠・
    梅白頭翁蒔絵印籠・花鳥蒔絵印籠・切形内近江八景蒔絵印籠・切形内十二支蒔絵印籠・
    富士羽衣蒔絵印籠)
    ・大阪市立美術館(盧生蒔絵印籠・三番叟蒔絵印籠・宝尽蒔絵印籠・能衣裳蒔絵印籠・王子蒔絵盃・
    両国橋富士蒔絵盃・両国橋花火蒔絵盃・鯉蒔絵盃・鯉蒔絵三組盃・六歌仙蒔絵盃・黒門蒔絵盃・
    高砂蒔絵盃・三囲社蒔絵盃・高倉院蒔絵盃)
    ・福井市立郷土歴史博物館(鶴蒔絵盃・亀蒔絵盃)
    ・御花史料館(品川蒔絵盃・野田玉川蒔絵盃)
    ・有馬記念館(調布玉川蒔絵印籠)
    ・大分市歴史博物館(桜楓山水蒔絵印籠

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    2008年7月25日UP