原 羊遊斎 (はら ようゆうさい) 1769〜1845
正月蒔絵印籠 (しょうがつまきえいんろう)
原羊遊斎作
製作年代 : 江戸時代後期 天保後期頃(circ.1840)
法量 :
縦97mm×横57mm×厚22mm
鑑賞 :
原羊遊斎による琳派風印籠の最高傑作で、圧倒的な存在感を見せています。
定家詠花鳥十二ヶ月の光琳屏風に基づき、
酒井抱一が下絵を描いた作品です。
元禄の尾形光琳を思わせながらも、
より華やかで精密な江戸琳派工芸の特長を出しています。
竹に止まる鶯にちなんで、根付には「梅に鶯図」の鏡蓋根付と
大きな珊瑚珠の緒締が取り合わせられています。
意匠 :
藤原定家が詠んだ花と鳥に関する十二ヶ月の和歌(いわゆる定家詠花鳥十二ヶ月)の内、
正月について詠んだ和歌に基づいています。その和歌は
柳 うちなびき 春くる風の 色なれや 日を経てそむる 青柳の糸
鶯 春きては いく日もすぎぬ 朝戸出に 鶯きゐる 窓のむら竹
の2首です※。
これにのっとり、屋根を誇張した田舎屋と柳、窓辺の叢竹、
そして竹に止まる鶯を意匠としています。
製作背景 :
定家詠花鳥十二ヶ月図の揃印籠は、古河藩主・土井利厚の注文により、
同家所蔵の光琳屏風を原画に抱一が下絵を起こし、
羊遊斎が制作して毎月一本ずつ納品したものです。
それは文化初年のことでした。
この印籠は土井家発注のオリジナルではなく、
天保期にリバイバルしたものと考えられます。
人気があったのでしょう。
デザイン的により洗練され、技術的にはより精巧で華やかになっています。
形状 :
昔形、紐通し付き4段の印籠で、原羊遊斎作「雪華文蒔絵印籠」
(重要文化財・古河歴史博物館蔵と永青文庫蔵の2点)
と同じ木型から作られており、ボディーは全く同寸法です。
この寸法の印籠は他にも見られ、いずれも天保年間に制作されたものです。
同じ印籠下地を大量に作らせ、
注文に応じてモチーフを変えて工房で制作していったことが察せられます。
技法 :
・ 意匠だけでなく、技法も琳派を意識しています。
屋根には鉛、窓と柱には夜光貝を螺鈿としています。
ぼってりとした鉛の屋根は、
錆と呼ばれる漆と砥粉を混ぜたもので盛り上げ、
鉛の板自体は実は非常に薄いものです。
それは全体を鉛で作ると重くなってしまうからです。
・ 竹に止まる鶯は金無垢に容彫したものを埋物としています。
定家詠花鳥十二ヶ月では、鳥の存在は花よりも重要なテーマになっており、
鳥を蒔絵ではなく、精緻な金物とすることで鑑賞者の目を引くよう計画されています。
・ 田舎屋の上方には霞があり、裏面へと続いています。
地に蒔いてある金粉溜地の金粉よりもずっと大きい平目粉を蒔き、
同一平面に研出すことによって、この霞はできています。
また同じ平目粉は霞のようにまばらに蒔かれ、全体が鹿子金地になっています。
・ 印籠の段の内部は鹿子梨子地となっています。
普通、上等の印籠では金梨子地としますが、
鹿子梨子地は金梨子地の中に大きく厚い平目粉をまばらに蒔いた、
最も上等な金梨子地です。塗厚の調整は難しく、
使用する金の重量も通常の梨子地の3〜4倍かかり、
特別な注文品であったと考えられます。
底部右下に蒔絵銘があります。羊遊斎の作品では、特別な作品には「更山」印や花押を添えています。印籠の9割以上は「羊遊斎」の三字銘ですが、
この印籠では、印籠としては唯一の「羊遊斎作(花押)」銘になっており、
羊遊斎の自信の表れと考えられます。
伝来 :
江戸・日本橋通一丁目にあった卸銅問屋に伝来し、
1990年に出現しました。それ以前の伝来は不明です。
展観履歴 :
1996 徳島市立徳島城博物館「近世御用蒔絵師の系譜」展
1999 五島美術館「羊遊斎」展
2002 国立歴史民俗博物館・岡崎市立美術館「男も女も装身具」展
2005 MOA美術館「光琳デザイン2」展
2008 東京国立博物館「大琳派展」
2011 姫路市立美術館・千葉市美術館・細見美術館 「酒井抱一と江戸琳派の全貌」展
2015 京都国立博物館「琳派誕生400年記念 琳派 京を彩る」展
2019 東京富士美術館「サムライ・ダンディズム」展
2020 国立能楽堂資料展示室「日本人と自然 能楽と日本美術」
2021 国立能楽堂資料展示室「日本人と自然 能楽と日本美術」
2023 MIHO MUSEUM「蒔絵百花繚乱」展
※和歌の現代語訳
柳 風になびき、日ましに濃く染まる青柳の糸は、春の訪れを知らせる風の色なのだろうか。
鶯 春が来て幾夜もすぎないというのに、朝戸を開けて外に出ると窓辺のむら竹に鶯が来てとまっているよ。
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梅蒔絵提銚子 (うめまきえさげちょうし)
原羊遊斎作 酒井抱一下絵
製作年代 :
江戸時代後期 文政頃
法量 :
胴径102mm×胴高83mm
鑑賞 :
酒井抱一(1761〜1829)の俳句と梅の絵を、原羊遊斎が漆工作品とした提銚子です。
黒蝋色塗地に高蒔絵で表し、銀製の提げ手が付きます。
よく似た作品がMIHO MUSZEUMにも所蔵されています。
意匠 :
片面に「ゆきみぞれ つもりつもりて うめのはな」の俳句があります。
これは俳人としてもしられる酒井抱一の自詠の句です。根岸にある抱一も通った豆腐懐石の
「笹乃雪」には、抱一筆の同じ句の扇面が伝来しています。
反対側の梅の絵と雪が積もった土坡も抱一の下絵で、抱一の
「文詮」の瓢形印を朱漆で表しています。
また同じ句と梅の絵を表した羊遊斎の盃も現存しています。
これには羊遊斎の支援者の一人だった吉村観阿の妻・観勢の箱書があります。
形状 :
提銚子あるいは提子(ひさげ)と呼ばれる酒注ぎです。
裾張りの円筒形の容器に注ぎ口と蓋を付けています。
底は三つ足です。提げ手は銀製で、七宝文を象った洒落たものです。
蓋の摘みは銅製銀鍍金で竹を象っています。
技法 :
木胎挽物で、注ぎ口と蓋を付けています。
黒蝋色塗で青金粉の肉合研出蒔絵で土坡を表し、梅の花を高蒔絵で表しています。内側も黒漆塗です。
作銘 :
底部中央に「羊遊斎」の蒔絵銘があります。
外箱 :
桐製、四方桟蓋造、掻合塗の外箱が附属しています。
類似作品 :
MIHO MUSEUMが所蔵する
「花鳥蒔絵正月揃」に、ほぼ同趣の提銚子が附属しています。句や梅の花、蓋甲の梅の花と蕾の配置まで全く同じですが、
雪が積もった土坡がありません。この正月揃は、根津美術館編「抱一と宗雅」(1975年)に掲載されて以降行方不明でしたが、
2023年のMIHO MUSEUM「蒔絵百花繚乱」展で48年ぶりに出現しました。
他にも現存する可能性があります。
伝来 :
昭和42年(1967)のメモ書きが附属し、「三井家伝来」と書かれています。
2011年に出現しましたが行方不明となり、2018年に再出現しました。
展観履歴 :
2021 国立能楽堂資料展示室「日本人と自然 能楽と日本美術」
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作者について知る⇒
2005年11月12日UP
2023年12月31日展示替
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