池田 泰真 (いけだ たいしん) 1825〜1903
宝尽蒔絵櫛 (たからづくしまきえくし)
池田泰真作
製作年代 :
江戸時代末期
安政〜万延頃(circ.1860)
法量 :
縦38mm×幅76mm×厚7mm
鑑賞 :
柴田是真の高弟・池田泰真による真っ赤な朱漆塗地に高蒔絵と切金・切貝で緻密に宝尽を表した豪華な挿櫛です。
柴田是真作「宝尽蒔絵料紙硯箱」(ハリリ・コレクション)という朱漆塗の料紙・硯箱を想起させます。
そして是真がこれを色違いで黒い青銅塗でも作ったように、
泰真もこの櫛を同形の色違いで黒漆塗でも作っており、初期号の「泉哉」が入って「宝尽蒔絵櫛笄」(胡蝶庵コレクション)として現存しています。
意匠 :
宝尽で、笠・蓑・七宝・分銅・丁子・鍵・小槌・枝珊瑚・宝袋を意匠としています。
柴田是真作「宝尽蒔絵料紙硯箱」(ハリリ・コレクション)に倣ったもので、ほぼ同時期の制作でしょう。
形状 :
小振りな亀甲形の挿し櫛です。『玳瑁図説』によると鼈甲製亀甲形の櫛は天保頃に流行したとされます。
技法 :
・木胎の挿し櫛を朱漆の塗立とし、焼金粉・青金粉・銀粉・四分一粉の高蒔絵で宝尽を表しています。
切金や切貝をあしらい、宝袋は四分一粉蒔絵、枝珊瑚は朱金としています。
作銘 :
裏面右に楷書で「泰真」の蒔絵銘があります。
外箱 :
桐製の柾目がよく詰まった共箱が附属しています。表に「寶尽蒔繪/櫛」見返しに「泰真」の墨書と
「古満」の朱文長方形印があります。
伝来 :
川之邊一朝作「松島蒔絵櫛笄」と共に伝来して2025年に出現した新出作品で、今回、初公開です。
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若松鶴蒔絵煙管筒 (わかまつにつるまきえきせるづつ)
池田泰真作
製作年代 :
江戸時代末期〜明治時代初期 (circ.1870)
法量 : 長212mm×幅30mm×厚19mm
鑑賞 :
象牙を刳抜鞘にし、そこに若松に鶴を高蒔絵した極めて贅沢な池田泰真の煙管筒です。
池田泰真は籐網代の煙管筒を非常に多く作りましたが、
入念な塗り下地のものは少なく、ましてや本作のように贅沢な象牙胎のものは極めて稀です。
また池田泰真の手控帳に押型も残り、資料としても基準となる作品です。
金無垢松竹梅透彫の緒締と鉄地松鶴前金具の煙草入を取り合わせています。
意匠 :
若松に二羽の鶴を描き、足元に流水を配しています。煙管筒の縦長の器形
にふさわしいデザインです。
形状 :
一般的な男性用の煙管筒で、紐通は中央部に削出して形作っています。
技法 :
素地は象牙を刳り抜いて、内筒、外筒を作っています。
鶴の身体の輪郭や羽根の部分は肉合彫にして立体的に形作っています。
若松や鶴の細部は焼金の高蒔絵です。付描の線が力強く見事です。また尾羽は黒漆で盛り上げ、黒漆で付描しています。
若松の枝や鶴の丹頂には、洗出し技法を使っています。
作銘 :
下部棟寄りに「泰真」の蒔絵銘があります。
池田泰真手控帳 :
池田泰真は門人が多かったため、その手控帳は、門流の元に分散して現存しています。
こうした手控帳の内容は風景や人物、動植物などの写生、
作品の下絵や置目、完成作品の押型などからなっています。
弟子はそうした師匠の手控を貰い、
手本にしたり、参考にして自分の作品に活かしていました。
現在確認されているのは、
池田泰真 ⇒ 池田泉哉
池田泰真 ⇒ 高井泰令
池田泰真 ⇒ 都筑幸哉 ⇒ 山口春哉
の3つの系統です。この内、山口春哉方に伝わった
「池田泰真先生作品集 幸哉先生所持」
という題簽が付けられた手控の中に、
この煙管筒の押型があり、泰真の基準作ともなります。
伝来 :
国内に伝来し、2012年に発見しました。
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2006年1月 1日UP
2025年5月 6日展示替
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